「日計り」撤去の朝 ’10.3.1 日本外国人記者クラブ
自然光のギャラリーでもある有楽町の外国人記者クラブのバー。
ここで10年の1月から2か月近く迫川尚子写真展「日計り」を開催した。
映像は、最後の撤去直前の様子。
開店前のバーのテーブルは前夜のままだった。
展示をふりかえって
井野「キャプションを途中からつけたよね」
迫川「店長の提案で。撮影した場所と年を」
井野「いつもつけたがらないけど」
迫川「意味がついちゃう(限定されちゃう)かなって」
井野「一つ一つの写真には色んなエピソードがあるじゃん。俺なんか、それ聞きながら見れて面白さ倍増なんだけど」
迫川「たしかに」
井野「例えば、これ、新宿の中央公園?」
迫川「ホームレスが何列かで並んで、順番にボランティアの方に散髪してもらってるところです」
井野「ぼーず、と張り紙があって、そこに知らないで並ぶとぼーずにされちゃう(笑)」
迫川「写真に写ってますね。寄らずに引いて撮ったので、気づく人は気づくかな…」
井野「そういう解説もあると、親切ではある」
迫川「うちのお客様がこの写真を見て、お母さんだ!!って(笑)」
井野「えっ、どっち?ホームレス?ボランティア?」
迫川「(笑)ボランティアの方。知らなかったって、娘さんはおっしゃってました」
井野「偶然?」
迫川「そういうことはよくあります」
井野「偶然といや、あの寅さんの写真」
迫川「段ボール村最後の日の。火事のあと、住人のホームレスたちが自主撤去して、その日、初めて撮らせてもらったんです、寅さん。他の住人はけっこう撮らせていただいたんですけど」
井野「恐かったんでしょ?取材カメラマンはみんな殴られてるって」
迫川「女には手を出さない。でも、やっぱり近寄りがたくて」
井野「最後の日、意を決して、声をかけた」
迫川「そうしたら煙草を持って、ポーズきめてくれたんです」
井野「元ヤクザというのは聞いてたけど、この写真を店に飾ったときにうちのお客様で、ほら、元ヤクザの幹部の方がいらっしゃって」
迫川「すごく優しげな、ふつうのサラリーマンと思ったら‥」
井野「もちろん、今は堅気の方ですが、うちはこの方に2度助けられてる(笑)」
迫川「ちょっと迷惑な酔っ払いさんがいて。ふだんあんなもの静かな方が、突然どすをきかされ、酔っ払いさんの酔いはいっぺんにさめたみたい(笑)」
井野「ひょんなことでその方の身の上話をうかがうことがあって、昔は私もちょっとぐれてて、なんて話から」
迫川「寅さんの写真を見て、なんでこいつがここにいるんだって。つじつまが合っちゃって(笑)」
井野「寅さんの指、今はないんだよね。つめたんじゃなくて」
迫川「ニュースにもなりましたが、中央公園で爆発事件があったでしょ。ゴミ箱のところに不審物があって」
井野「ホームレスはそういう怪しいものには絶対手を出さないっていうじゃない?」
迫川「何か、責任感から確かめるのは自分と思ったらしいよ。爆弾とは思わないし。ついてないよ。でも、一命はとりとめました」
井野「今回、お客様の反応も面白かったね。批評家の中島一夫さんと薫さんご夫妻が大阪からわざわざいらっしゃって」
迫川「ごいっしょできて、ほんと、楽しかった!」
井野「薫さんが、これ、昭和だ、と」
迫川「実際には、平成ですけど」
井野「お豆腐屋さんの店先でしょう?お店の人が水をまいたら、通りがかりの女の子が思わずシェーのかっこうに」
迫川「シェーって今の人わかるかな。赤塚不二夫?」
井野「イヤミ(漫画のキャラクター)のポーズ。ジョン・レノンもお気に入りの」
迫川「商店街を子供がお買い物。確かに、昭和が漂いだした(笑)」
井野「よく見ると、この女の子、おなかのあたりに名札をつけてる」
迫川「薫さんが発見したんです。ここまで大きく引き伸ばさなかったらわからなかった」
井野「学校名と氏名が何とか読める」
迫川「今、ありえないかも。子供が名札をつけたまま外を歩くなんて」
井野「だから、昭和なんだよ」
迫川「この写真、毎日新聞にのせていただいたことがあって、新聞社にこのお豆腐屋さんの甥っ子さんという方から電話が入ったそうなんです。ちょうどその月、お店が40年の歴史を閉じることになって、記念にこの写真をプレゼントしたいって」
井野「新聞社から連絡が入って、すぐ額縁に入れてお送りした」
迫川「写真を世に発表するって、こういうことか、と」
井野「雪の写真。これ外国の人が驚いたでしょう」
迫川「ジェフ・リードさん。イギリス出身の画家。世界中のホ-ムレスを絵に残している方」
井野「ジェフ・リンって言ってなかった?」
迫川「似てるよね?」
井野「雪の日、ホームレスが路上で寝ているこの写真をご覧になって、なんでシェルターに入れないんだ!って」
迫川「日本ではある意味見慣れた光景が、外国の人には驚異だった。そのことに私は驚きました」
井野「プレス・クラブではけっこうゆっくりできたね」
迫川「店長は、スタッフの方々から、フードファイター!って呼ばれてた」
井野「安くておいしい。会員の特権なんだろうけど」
迫川「期間中だけ、私も仮会員ということで、3人までゲストが呼べたんです。連日、ベルクのスタッフや親戚、知人と飲んで食べて満喫させていただきました。外国人記者のサロンですから、昼からワインを飲みながら打ち合わせとかしてるんですね。全然なじんちゃって」
井野「撤去の朝、ぎりぎりで田島燃さん、ちかさん夫妻も来て下さいました」
迫川「梱包、運送までして下さって。助かっちゃった(笑)」
井野「その前夜、二人でささやかに打ち上げしたのが‥」
迫川「ここよかったね。タバコ・スポット」
井野「プレス・クラブは全面禁煙。最上階から一階まで降りていって、ビルの横の喫煙所でよくタバコを吸った。映像のラストにでてくる写真も、ここ。あなたがライカと煙草をご機嫌そうに持って」
迫川「『日計り』は、このライカで撮っています」
井野「何はともあれ、酒と煙草とカメラは手離すことができない迫川尚子でした」
映像&写真 by 迫川尚子
音楽 by 井野朋也